TopicPath : home > note > 故郷喪失者たち

故郷喪失者たち

ほんとうに埃をかぶっていた本「故郷喪失者たち」(ISBN:3036-3609-3329)をひさびさに書棚から引っ張り出す。


そこには、線やら丸囲みやら、傍点やら、そこらじゅうに印がつけられていて、何を遺そうとしたのか、今となっては、まったく記憶のかなた。一通り目を通してみて、改めて、ひっかかったものは、以下の部分。


近代という象徴的な世界の主題 ― すなわち寄木細工性と多相関性 ― も青年文化に対立的である。合一化(寄木細工性に対立するものとしての)と素朴化(多相関性に対立するものとしての)は、青年文化に現れている脱近代化の主要モティーフである。

寄木細工性は、さきに述べたように、全体性・統一性・包含性へのノスタルジアを生み出す。現実は、不連続な単位にまで「切りきざまれる」ものではなく、統一的全体として体験されるはずのものである。(中略)

多相関性に対して、青年文化は、素朴化への強い熱望を対置する。近代社会は、膨大な数の社会関係、しかも皮相的な関係によって、特徴づけられるが、青年文化は、意味深い関係の存在しうる小集団を希求する。


P.L.バーガーほか著「故郷喪失者たち」(239~242pp)

ますます難解・・・。「青年文化」というのは死語のようだけれど、「逝きし世の面影」のなかで描かれている江戸文明の心性にも共通する「若さ」のようにも読める。


当時は、文字通りの「故郷喪失者」という語感に強くひかれた記憶がある。故郷(ふるさと)を失って(きっと失うだろう、という予感とともに)、浮き草のようにさまようかもしれない自分。そうな像とちょうど重なった。何をよりどころに生きていけばいいのか、「君は霞を食って生きていくのか」って見ず知らずのオヤジさんに言われたことも、じわ~っと効いていた。「アイデンティティ」とか聞くとすかさず身を乗り出していた。そんな、気分をすっかりと忘れかけていたのだけれど、もう一度、立ち戻りたいと思いはじめている。だって、いつも、ほほえんでいたいから・・・。(と、やや、ナルシス。)

Comments : 0

Comment Form

Trackbacks : 0

TrackBack URL for this entry
http://www.knot.sakura.ne.jp/kawanoyuuki/mt/mt-tb.cgi/279
Listed below are links to weblogs that reference
故郷喪失者たち from note

TopicPath : home > note > 故郷喪失者たち

Search
Feeds

Return to page top