- 07-05-18
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「グローバル化」について調べていて行き当たった国際協力銀行のサイト。
「日本輸出入銀行史・海外経済協力基金史」には、戦後の日本の立つ位置の変遷と、その影響を受けてきた政治と産業経済の経過が年代を追って端的にまとめられている。
GATT、IMF、プラザ合意(ああ、高校生のころに習ったかも・・・)、石油危機、日米経済戦争、ゴルバチョフ(うう、テレビで見たぞ・・・)、バブル経済・日本版金融ビックバン(おお、なつかしい・・・)などと、自身の記憶を重ねつつ、今の日本に、大阪の経済社会にどのように作用しているのか、それへの補助線を意識しながらの「年表」作成。
仕事なんだけれど、ああそういうことだったのね、とけっこう楽しい時間だった。
時代は駆け足に過ぎていく。
小一時間の読み飛ばしでの思いつきなのだけれど、、今の地域が抱える悩み、それが生まれる大きな転換点となった事象をひとつだけあげるとしたら、1973年末からの「第1次オイルショック」の頃だったんじゃないか、と。敗戦国として相手にされなかった時代から、少しずつ気になる存在に・・・、ぐっと摩擦の熱があがっていたところで、腰を折られた。
その頃から、都市部の工業を皮切りに、生活と産業経済と地球規模の動きとがシンクロし始め、地域に外の力(資本)が入り込んできて、地域経済を担うべき主体のコントロールが利かなくなった。間(あいだ)に、円高とかバブルとかアジアの発展とか、浮き沈みは色々とでてはくるけれど、地域地域に経済社会を構成する枠がはめられ、それぞれの都市・地域の進路がはっきりと分岐していって、その延長線上を30年以上歩んでいるんじゃないか、と。
「プロ野球カード」集めに夢中だったお子さまには、スーパーマーケットにトイレット・ペーパーを求めて殺到する映像を見ていて興奮した思い出くらいしか残っていないのだけれど、・・・。
地域が主体的であること、それが根本になければ、いつか後悔することでしょう。






