- 08-11-16
- life
宇宙とか、人類とか、精神とか、憂いとか、使命とか、時代とか、未来とか、、希望とか、、日常を突き抜けた話しをできたことに感謝。
アスファルトに覆われた下に地面があって、土が埋まっていることを忘れてしまっている...、そんな都市の生活の日常。
地球のエネルギーが封じこめられた地上で生きる人類社会にできること、大袈裟に妄想中 :)
社会のなかで、社会との折り合いをつけながら...
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宇宙とか、人類とか、精神とか、憂いとか、使命とか、時代とか、未来とか、、希望とか、、日常を突き抜けた話しをできたことに感謝。
アスファルトに覆われた下に地面があって、土が埋まっていることを忘れてしまっている...、そんな都市の生活の日常。
地球のエネルギーが封じこめられた地上で生きる人類社会にできること、大袈裟に妄想中 :)
社会のなかで、社会との折り合いをつけながら...
災害現場のニュース映像を見るたびに、
「アスファルトって 単に固めた土の上に
乗っかっているんだけなんだ!!」と、
驚いてしまいます。
そして、こんなに脆い人工物の上に
大切なものの大半を乗っけて生活している自分自身が
恐ろしくなります・・・。
もちろん、アスファルトの有無に関係なく、
地球のエネルギーは躍動するのでしょうけど。
でも、不思議なもので、アスファルトの上に立っていると、
「自分の足下は強固なんだ!」って勘違いしてしまいます。
「社会」もアスファルトと似ているかも・・・・
社会と何らかの接点があれば、それだけで
「自分は大丈夫だ!」と、必要以上に安心してみたり・・・・
自分の立場が少しでも崩れると、社会のせいにしてみたり。
なーんてヒネたことを言ってはみても、
私にとって「社会」は、生きていく上で圧倒的な存在であることに
変わりはありません。
時々、尾崎豊の歌を熱唱したい気分になることもありまーーす(笑)
熱唱を拝聴したいっ : )
地上や都市や生活にあるいろいろなモノ・コトとのあいだに、「人が関わるすき間がなくなってしまっている」。そんな流れのなかで「アスファルト」の話しがでてきました。
そんな時代をヤバイと感じる、と。
私利私欲ではなく、自然を味方につけたものづくりは強い、、、柳宗悦がそんなことを記しています。
そこに、graf の作品が多くの支持を得ている理由があるのかもと思えてきます。
もちろん生業(なりわい)としての大変さもあると思うのですが、その根っこに鳥肌のたつような思いがあって、羨ましくも感じます。
真っ向勝負するつもりはありませんが、、どこかで、歪んだ社会とのせめぎあいを挑む精神を忘れてはならない、とパンチを喰らったようでした。