- 08-03-05
1.「生き生きとしていること」 (Alive)
生物、無生物に限らず、生命があるかどうかという際が普遍的で深淵だという。無生物でも生気を持ち得る。たとえばベートーベン最後の四重奏曲、ロウソクの炎、などである。上手におこした火には生命がある。
2.「全一的なこと」 (Whole)
事物の全体像は自己の内面的な対立から開放されているかによって決まる。それはシステム内のバランスが取れているということである。気や枝は風が吹けばたわむが、たわむことで破壊されない。システムとしてバランスが取れていない場合、雨に削られる渓谷のように破壊されていく。ただし、システムとして全一的であるということは「閉鎖的」ということではない。
3.「居心地の良いこと」 (Comfotable)
これは普通に考えるよりずっと奥が深いとアレグザンダーはいう。真のくつろぎは、内的対立が皆無で、妨げることがない落ち着きから得られる。自分自身が本当にいい気分になるには、入念で慎重でなければならない。
4.「捕われのないこと」 (Free)
無名の質は決して企図できないし完全でもない。閉鎖性を克服するためには、意図やイメージ(バイアス)を捨て去る必要がある。
5.「(知識の)正確なこと」 (Exact)
これは「居心地のよい」「捕らわれのない」といった言葉を補うものだが、無名の質とは決して曖昧なものではない。ムクドリの餌付け台を庭に作ろうと思えば、そこには鳥の行動のルール、風の動き、周囲の状況との関係について正確に理解していなければならないのである。
6.「無我であること」 (Egoless)
これは「正確さ」より奥が深い。事物が生き生きとしていない場合は、必ずといっていいほど、誰かの作り手の意図が強すぎ、本来の特性が出現する余地がない。
7.「永遠であること」 (Eternal)
無名の質を備えた事物や場所は永遠の域にある。アレグザンダーはここで日本の村落にあった鯉の養殖池を例に挙げている。それは池の中に全世界があり、そこ最長80歳の錦鯉たちがゆらりゆらりと泳いでおり、農夫がそこで憩いを得る、という場所であった。時間を超越した調和、といえるだろう。
(159~161pp)




